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きせかえ

子どもの頃、紙の「きえかえ」人形でよく遊んでましたっけ
きれいなお菓子の空き箱に200〜300着くらい集めては

ひとり遊びしたり、妹と遊んだり、お隣の美智子姉ちゃん
と一緒に遊ぶことが多かったように思います

美智子お姉ちゃんとは、服の交換をしたり、いらなくなった
人形を譲り受け、大切にしていたのを思い出します

今でもそれらの洋服の形や色まで覚えているから不思議
自分でもスタイル画を描いては色をつけてましたっけ

6,7年前に知人の文房具屋さんが作られた私設の
こども博物館にお邪魔したとき、目に飛び込んできたのが

「ショウワノート マーガレット パノラマブック」

「ショウワノート マーガレット パノラマブック」No.1061 
きせかえ、家具セット、ぬりえつき(画:わたなべまさこ)

「ショウワノート マーガレット パノラマブック」

「ショウワノート マーガレット パノラマブック」

おねだりしたら、そんなに気にいってくれてるんなら、あげるよと
おっしゃってくださったのですが100円で購入(募金)しました

「ショウワノート マーガレット パノラマブック」

「ショウワノート マーガレット パノラマブック」

子どもの頃は、赤やピンクの表紙のも持っていたと思いますが
今では、私の宝物です

梅雨の時期になると思い出すこと

昔、松山に住んでいた時、家の庭に大きな池がありました

松山の庭

今でも覚えていますが、池の上の少し高くなったところの右手奥には
ヘビイチゴの木があって、赤い実がたくさんなっていました

池の中には噴水があって、ホテイアオイや白いカラーの花が咲いていました

年に一度、こうして池の中の掃除をするとき、大きな鯉を何匹もあげるのを
写真の画面手前にあった木のテラスに座って見るのが楽しみでした

それから、左手の奥には、父手作りの鉄棒が高低2段あり、二人乗りの
ブランコもありました

大きなビワの木や、モクレンや桜の木のあるかくれんぼにうってつけの
大好きな庭でした

でも、今は、残念なことに駐車場になってしまってます
梅雨の季節になるとなぜかこの風景を思い出します

P.S.【言い訳】
既にカラー写真の時代ですが、父の趣味(カメラ)の関係でモノクロです(笑)

笠置町〜待ちに待った成人式

3月24日(土)笠置町で笠置活性化プロジェクトチーム主催の
「待ちに待った成人式」が行われました

笠置町「待ちに待った成人式」

これは、笠置町で成人式がまだ開催されなかった時代に青春期を
過ごされた人たち(昭和9年12月31日以前に笠置町で生まれ育った)
の成人式です

笠置町「待ちに待った成人式」

当日は、朝からあいにくの雨模様でしたが・・・

笠置町「待ちに待った成人式」

ほとんどの方が受け付け開始(開場の1時間前)と同時に
ぞくぞくと駆けつけていました

笠置町「待ちに待った成人式」
 
名簿の確認をして

笠置町「待ちに待った成人式」
 
みんな笑顔

笠置町「待ちに待った成人式」

雨にもかかわらず待ちに待った成人式だからと

笠置町「待ちに待った成人式」 

紋付き袴、着物姿の方も大勢いらっしゃいます

笠置町「待ちに待った成人式」
 
2分の1成人(10歳)の挨拶に思わず笑いもこぼれ

笠置町「待ちに待った成人式」
 
今年成人式を迎えた二人からの挨拶に胸を熱くし

笠置町「待ちに待った成人式」
 
先輩成人(88歳)の見事な挨拶に遠い昔に思いを馳せます

笠置町「待ちに待った成人式」

琴の演奏披露や

笠置町「待ちに待った成人式」

なぎなたのリズム体操披露

笠置町「待ちに待った成人式」
 
みんなで一緒に歌を歌い

笠置町「待ちに待った成人式」
 
懐かしい昔の笠置の風景を見ました

笠置町「待ちに待った成人式」
 
最後に90代の方数名でくす玉割りをして

笠置町「待ちに待った成人式」
 
参加者全員で記念写真です(うち今回成人式を迎えられた方は96名)
みなさん、いつまでもお元気で♪

笠置町「待ちに待った成人式」
 
今日の記念に会場横の公園にさくらの樹の記念植樹も

笠置町「待ちに待った成人式」

そんな素晴らしい成人式のために長い間、舞台裏を支えてこられた
笠置活性化プロジェクトチーム「あいあい笠置」のみなさんや

笠置町「待ちに待った成人式」

当日ボランティアをしてくださったたくさんのみなさんのことも

笠置町「待ちに待った成人式」

忘れずにいたいものです

笠置町「待ちに待った成人式」

お疲れ様です

笠置町「待ちに待った成人式」

雨の中、ひとりのお年寄りをお見送りしましたが
今日の日を迎えられてきっと晴れがましい気分でいっぱいのことでしょう・・・

少しご無沙汰しすぎてしまいました… 〜 河井寛次郎記念館

京都府庁へ入る前、久しぶりに五条の河井寛次郎記念館へ立ち寄りました

河井寛次郎記念館

いつ来ても毎回新鮮で、心の休まる場所です

河井寛次郎記念館

鷺さん(館長で寛次郎の孫)と話が一段落ついた時、
何気なく「お母様、お元気ですか」と尋ねると

河井寛次郎記念館

「先日お電話いただいた際にお話しようかどうか迷っていたのですが…」
ついこの3月5日にお亡くなりになられたと伺いました

もしかしたら、お会いできるかもしれないと思っていただけにやはりショックでした
たまたまその日、新聞を見落としていたのでしょうか

遺影の前で手を合わせ、静かにあの日の思い出をお話しました
少しご無沙汰し過ぎてしまいましたね(2005年12月以来)

あの日の須也子さん(寛次郎の一人娘)のお声が10分程度残されています
4台目のこのカメラも是非ご覧になっていただきたかった…

河井寛次郎記念館

どうぞお心安らかに…(合掌)

京都府庁旧館しだれ桜

京都府庁旧館中庭にあるしだれ桜も心なしかほんのりと赤く色づきはじめ、

京都御苑紅梅

帰りに通り抜けした京都御苑 高倉橋の北東にある黒木の梅は満開でした

沖縄(5日目)〜帰路

謹んで新年のご挨拶を申し上げます
  本年もどうぞよろしくお願い申し上げます


実は、12月29日より今日1月2日まで沖縄に脱出を試みておりました
以降4日に分けてのんびり遡ってUP予定(笑)

那覇空港

魅力いっぱいの20数年ぶりの沖縄でした

最終日(1月2日)は午後の便で暖かい那覇(気温19℃)を発ち帰路へとつきます
温度差のギャップと現実の世界に戻るギャップにちょっぴり困惑

那覇では、晴れ間はのぞいていましたが、上空は厚い雲に覆われており
余り期待のできる写真ではありませんので、あしからず…

沖縄

離陸して10分もすると沖縄ブルーの海が眼下に広がります

沖縄

20分後には薄明光線(天使の梯子)の下にサンゴ礁に囲まれた島々が
(何島?)見えてきたかと思うと

上空

アッという間に雲の上に出てきました

上空

上空からの雪原のような一面真っ白の雲のカーペット

上空

出発して1時間余り、鹿児島辺りだと思うのですがあれは開聞岳でしょうか

上空

高知県上空で金色に輝きはじめました(右手奥は故郷愛媛あたりでしょうか)

上空

あと20〜30分で神戸空港に到着です
機上からのラストショットは、美しい夕焼けでした

恭仁小学校音楽室のピアノ

可愛いお友だちからblogにコメントが届いていました

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(部分抜粋)
私は今中1デス。小学校に戻りたくてたまりません><;
人数少なかったので仲良かったと思いますよ〜。
 
ちなみによくピアノ弾きに行ってましたよ(笑)
音楽の後の時間とか。

絶体「恭仁小学校」が良いですね!
どこよりも。(笑)

ゆい
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恭仁小音楽室ピアノ

ゆいちゃんの弾いていた音楽室のピアノです

廃校の忘れもの(旧野殿童仙房小学校跡)

山の上のマーケットの帰りに廃校裏の幼稚園跡に立ち寄ってみました

旧野殿童仙房小学校跡

「おはよう!」と書かれた門への坂道を「おはようー!」と言いながら登ってみると

旧野殿童仙房小学校

小さな校庭の片隅で懐かしい!?ものをみつけてしまいました!!

旧野殿童仙房小学校跡

ワォ〜!これって、もしかしてポートボールの台!?それとも椅子!?

旧野殿童仙房小学校跡

懐かしい折りたたみの長椅子(布製)もありました

旧野殿童仙房小学校

旧野殿童仙房小学校跡

下のプール脇のフェンスに巻きついた蜘蛛の巣だらけの
ヘクソカズラの花が妙に輝いてみえました

お盆

世間では、お盆の帰省ラッシュが始まったという…

なのに今年は、全く感じられない…これっぽっちも(苦笑)

去年のお盆は、田舎に帰省した際
幼かった頃、当時(1~4歳)住んでいた街を訪れて
街中なのにあの家がほとんどそのまま残っているのを見つけて
泣きそうになったっけ…

故郷の家

この塀も当時は全部板塀で、川幅も小さくなった気がするが
庭には大きな木があって木陰になるブランコがひとつぶら下がっていて
縁側には大きな沓脱石があり、そこでひとりでよくままごと遊びをしていた

故郷の家

私は特にこの離れ風の部屋の東側と南側にある腰かけ出窓が大好きで
窓外の肘掛けに横座りしながら板塀越しの外の景色を眺めていた
風通しもよかったので、絵本を読んだり、お昼寝もよくしたものだ

故郷の家

今は、お隣は空き地になっていたが、そこのお姉ちゃんとピンク色の
ポータブルレコードプレイヤーでレコードやソノシートをかけてもらいながら
ちゃぶ台に頬杖ついていつもルンルン♪だったのを覚えている

あの家にもう一度住んでみたい…
あの家で心穏やかにのんびりと暮らしてみたい…

ちょっぴりメランコリックぎみな私の思いは膨らむばかり…

あの子・・・

とても素直ないい子でした
明るくって快活で、物おじのしない、仕事のよくできる子です

ふたりは共に他支社からの転勤で偶然同じ職場になりました
当時はまだ女性事務職の転勤は珍しくいろんなことがありました

でも、いつも互いに励まし合い、助け合っていました
いろんな話をし合って、お昼当番もよく一緒でした

あの子にもらったコーヒーカップまだ持っています
よく気のつく心のやさしい子でした

毎週、料理教室でお料理を習っていました
たまに私に食べてみて下さいと持って来てくれました

笑うと白くてきれいな歯がこぼれんばかりでした
お兄さんが歯医者さんなのだと教えてくれました

長い間、働いた会社を辞める時も一緒でした
あの子は寿退社、私は転職でした

退職後もあの子はこまめにハガキやメールをくれました
きれいな字でいつもまたお会いしましょうと書いてくれてました

でも、今はその子はもういません
どの写真を見ても、その子はいつも私のすぐ隣に写っているのに

あの子の笑顔を私、また見たいです・・・
素敵な笑顔、見たいです・・・              (Y.K.さんへ)

写真:田中守道

Wくんへ

昨日は、青空の広がる一年に幾度ともないようなうららかな一日でした

親子連れ
(ボタン桜の下の親子連れ、恭仁京跡にて)

牛乳屋さんから「懐かしい、思い出した」と言ってうかがったお話です

昔、ある村へ行くと、子どもたちがいつの間にか集まってきて
配達用の軽トラの後ろにこうして4,5人が足をブラブラさせながら座って
牛乳配達のお手伝いをしてくれたのだそうです

駒牛乳店軽トラ

「危ないからゆっくり走るからな、そこ(チェ〜ン)をよくもって」
「止まってほしいときは、ここ(車両の側面)をお叩きよ」

駒牛乳店軽トラ

どうやら、子どもたちは、お手伝いが終ると牛乳屋さんから
ご褒美にもらえるこの白い瓶がお目当てだったようですよ(笑)

「そういやWくんは、いつもいてたなぁ…」
ほら、Wくんもコレどうぞ♪

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