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待ちにまった・・・再建!!

友だちに高の原駅まで送ってもらうと
ちょうど木津駅行きの”きのつバス”が来たので飛び乗った
 

なのに木津駅につくと改札をくぐったあたりで
加茂行きの電車がむなしく出てしまった...
 

次便は30分後、私は少しでも早く「彼」に会いたくて
今度はタクシーに飛び乗り加茂町瓶原の恭仁京跡へ走らせてもらった
 

タクシーを待たせ滞在時間10分ほどではあったが、
突き抜けるような青空に向かって凛と建つ「彼」は
眩しいくらいに輝いて見えた
 

地元有志のみなさん、海住山寺のご住職の多大なご尽力のおかげで
「彼」は数十年ぶりにこの日を迎えることができたのだ
 

今日は、私にとっても生涯忘れられない日となりそうだ
 

その「彼」の名は、「恭仁宮大極殿阯」三宅安兵衛遺志建之碑

「恭仁宮大極殿阯」三宅安兵衛遺志之碑
国の史跡 恭仁京 大極殿跡の基壇下に「彼」は佇んでいた(今日から)

「恭仁宮大極殿阯」三宅安兵衛遺志之碑
道に面した東向きに「恭仁宮大極殿阯」と記されている

「恭仁宮大極殿阯」三宅安兵衛遺志之碑
昨日までは、ここで風雪に耐え横たわったままになっていた

「恭仁宮大極殿阯」三宅安兵衛遺志之碑
生々しい痕跡、史跡跡なので50cm以上掘り下げられないので丁寧に起こされたのが伺える

「恭仁宮大極殿阯」三宅安兵衛遺志之碑
西側の銘文には「昭和四年春 京都三宅安兵衛遺志建之」とある

「恭仁宮大極殿阯」三宅安兵衛遺志之碑
昭和4年当初はここに「彼」がに建っていた(後にここが史蹟 山城国分寺跡に指定され現在は、その碑のみが建っている)

「恭仁宮大極殿阯」三宅安兵衛遺志之碑
長い月日をこうして史蹟の隅で倒されたまま「彼」は過ごしてきた…(2015年1月撮影)

第一回「もりまわしの道」

4月6日、とある会の例会
南山城の石造遺品を辿って歩きました

涌出宮
第一回は、「もりまわしの道」

「もりまわし」とは…
和伎座天乃夫岐売神社「涌出宮」(京都府木津川市山城町)
を舞台に毎年2月15日から3日間にわたって行われる居籠祭
(いごもりまつり)の祭前夜14日の深夜には、与力座の者
2人が塚11カ所をまわる「もりまわし」が行われます

その道のりを辿りつつ、三宅安兵衛遺志碑調査も兼ね、
国見観音堂でお花見も楽しみました

涌出宮
和伎座天乃夫岐売神社「涌出宮」

涌出宮
本殿手前の灯篭一対は室町時代の重要美術品
 
涌出宮
もりまわし 瞥阿凌后妨翳召納められています

涌出宮
もりまわし◆瞥阿凌后

涌出宮
1つ目の三宅安兵衛遺志碑「式内 和伎座天乃夫岐売神社」(湧の森)

涌出宮
湧出宮参道の道標

十輪寺 
十輪寺 十三重石塔(鎌倉時代)

十輪寺 
十輪寺 庚申碑(江戸時代)

十輪寺
この一角に並ぶ一基が狂言大蔵流家元の墓といわれています

山の神
「山ノ神」の碑 もりまわし 最初にまわる塚
これから先が山の神の領域

不動川
谷山不動
谷山不動

谷山不動 
谷山不動磨崖仏

谷山不動 
覆屋の左 地蔵磨崖仏

谷山不動 
地蔵磨崖仏の左の岩の裂け目にもりまわし

谷山不動
石段の下観音磨崖仏

光明寺跡
光明寺跡(京都の自然200選)
ここにはかつて主要伽藍が広がっていた
日本最古の水洗トイレ跡が検出

国見観音 国見観音登り口

国見観音
国見観音
国見観音
この桜のトンネルの中でお弁当をいただきました

国見観音
国見観音
山頂より北西の眺め

井手 玉川
玉川の桜(京都府綴喜郡井手町)

井手 玉川
玉川は、ヤマブキの花でも有名です
タイミングが合えば、サクラとヤマブキとユキヤナギが同時に
咲き乱れます

井手 玉川
花筏

井手 玉川
中央の山の山腹に薄らと桜が見えます
先程、行った国見観音の桜です

井手 玉川
最後に今回2つ目の三宅安兵衛遺志碑
「井堤茶■故址」が井手 玉川の土手にあります
(2006年3月以降現在の場所に移築)

JR棚倉駅〜湧出宮〜十輪寺〜谷山不動〜光明寺跡〜国見観音
〜椿坂(井手町)〜玉川〜JR玉水駅までの総延長10.6km超
を制覇したことになります

第二回は、5月中旬の予定です♪

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