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伏見街道(深草・藤森・墨染)を歩く (第一弾)

先日、伏見街道の深草・藤森・墨染まで11km余りを歩きました^^;
 
まずは、その第一弾…
 
JR「稲荷」伏見稲荷→荷田春満(かだのあずままろ)旧宅
→東丸(あずままる)神社→伏見稲荷のお茶屋→ぬりこべ地蔵
→石峰寺(伊藤若冲所縁の寺・石仏五百羅漢)まで^^

伏見稲荷
◇「伏見稲荷」前 9:30集合
天正17年(1589年)豊臣秀吉の造営とされる楼門(中央奥)を
潜りますが、今回はそちらへは行かず、ほとんどの方が行かれた
ことの少ない…右手(南)に進みます

荷田春満旧宅
◇「荷田春満旧宅」
祭神は江戸時代の国学者 荷田春満(かだの あずままろ)を祀り
学業成績上達の篤い信仰を集めています

東丸神社
◇その横には学問の神 荷田東丸を祭神とした「東丸(あずままる)神社
伏見稲荷大社の境内にありますが、独立した神社です

伏見稲荷大社 お茶屋
◇「伏見稲荷大社 お茶屋」
16世紀末〜17世紀初頭のものとされていて
寛永18年(1641)に後水尾院より、院の非蔵人として仕えていた
当社目代羽倉延次に下賜された書院作りの茶室

荷田東丸大人墓地参道
東丸神社とお茶屋の間のこの路地の先は「荷田東丸大人墓地参道」

攝取院の外部墓地
住宅地を抜けるとふいに攝取院の外部墓地が目に飛び込んできます

ぬりこべ地蔵
ぬりこべ地蔵
◇すぐ近くには、歯痛封じの地蔵尊「ぬりこべ地蔵」があります

ぬりこべ地蔵
お堂の中には歯痛平癒を祈るハガキや礼状が全国各地から
寄せられていました

6体のお地蔵さん

石峰寺
石峰寺
石峯寺」(せきほうじ)山門(龍宮造)

石峰寺
江戸時代の画家 伊藤若冲(1716-1800年)、縁の寺…

石峰寺
黄檗山 萬福寺を本山とする黄檗寺院
宝永年間(1704〜1711)に建立された禅道場

石峰寺
この脇を過ぎると

石峰寺
「伊藤若沖の墓」があります

右手の円柱の石は、江戸後期の書家・画家である
貫名海屋(ぬきなかいおく)撰文の筆塚

ヒョウタンボク(毒空木)の赤い実

本堂裏には、この伊藤若沖が下絵を描き、石工たちに彫らした
といわれる石仏「五百羅漢」があります

羅漢とは…サンスクリットarhatの音写〈阿羅漢〉の略称
釈迦の説法を聞き世人より供養される者をいいます
 
残念ながら、この五百羅漢は、撮影・スケッチ禁止となって
おりますので、京阪電車の「あの日に帰りたい、京都。」
(2010年2月)のポスター等で情景をイメージの上、是非、
現地へ赴かれてみてください

「あの日に帰りたい、京都。」(2010年2月)のポスター
次回は、「宝塔寺(ほうとうじ)」より…

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